CASE STUDY
サカエヤ(精肉店・滋賀)
産地直送と贈答パッケージで、BtoB取引が6割増
滋賀の精肉店が、贈答用に特化したパッケージ開発で「近江牛.com」をリニューアル。BSE問題以来こだわってきた安全・安心の信頼性を武器に、BtoB取引を6割増にした事例。
滋賀県の精肉店サカエヤは、2000年代初頭に発生したBSE(牛海綿状脳症)問題の経験から、「信頼される牛肉」を追求し、新たな贈答用のパッケージ開発にたどり着いた。ネットショップ「近江牛.com」で贈答用パッケージを前面に出した結果、BtoCはもちろんBtoBでも信頼を得ることに成功し、取引拡大に結びつけた。
滋賀県の精肉店サカエヤは、地元に密着した一般的な肉屋だった。新保吉伸代表は2001年、BSEが猛威を振るった際に殺される牛や苦境に立たされる牧場主を見て、国内の牛肉流通機構を改善する必要があると考えた。日本では、子牛を産ませるだけの農家と育てるだけの農家が多数を占めており、血統から肥育環境、エサまでトータルで安全性を保証するのが難しい。解決方法の一つとして滋賀県内の数軒の農家に、牛を産ませ肥育まで行う「繁殖肥育一貫農業」を提案。賛同した農家の牛は全部買い取るという大きな決断をした。
苦労の末、事業として軌道に乗せ、「血統」「出産」「肥育」「精肉」のすべての段階で安全・安心を保証する牛肉を安定供給できる体制を実現した。農家と一体となった取り組みが認められ、農林水産省の「フード・アクション・ニッポンアワード2010」のプロダクト部門優秀賞を受賞。一躍有名となった。
「ブランド牛通販」だけでは足りない
2003年ごろ、サカエヤはネットショップ「近江牛.com」を開設した。近江牛というブランド牛が手軽に手に入るとあって、売り上げは好調に推移。当時ネットショップが一般的ではなかったこともあり、高い評価を得て、また数々の賞も受賞した。
しかし約10年がたったころ、売り上げは限界を迎えつつあった。かつて珍しかった近江牛のネットショップが、2010年ごろから乱立したためだ。信頼が強みだったが、肉は工業製品と異なり客観的な仕様や品質の評価が難しい。安全性に関心の薄い一般家庭にとって、サカエヤが売りの肉の品質は「選ばれる理由」としては不十分だった。
業績が伸び悩み始めたことから新保代表は、ウェブ制作会社やコンサルティング会社にネットショップの売り上げの拡大施策を求めた。しかし、検索エンジンで「近江牛」と検索すればトップに表示され、たくさんの賞を取っている有名ショップだけに、各社からは一様に「改善するところはない」という回答しか得られなかった。
この状況を打開するために、新保代表から筆者は相談を受けた。歴史をひもとけば「安全・安心な肉」という特徴はあるが、一般家庭用の肉として「選ばれる理由」としてはインパクトが弱い。そこで、検索エンジンマーケティングの分析手法を用いて、現在購入してくれているのはどんな人か、中でも成長の余地が大きいのはどんなタイプの人かを分析した。
ネットショップで売り上げを伸ばすには、2段階ある。1段階は買ってくれる人をもっとたくさん呼び込むこと、そして2段階は呼び込んだ人にもっとたくさん買ってもらうことだ。つまり、集客とサイト改善だ。近江牛.comで購入実績があった人の訪問時のキーワードを分析し、数十のグループにまとめて、グループごとにそれぞれの購入率や平均購入額を評価してみた。その結果、売り上げを支えているのは、「近江牛」と検索する人たちであることが分かった。しかし大半はすでにサイトを訪問して高い割合で購入していた。これまで通り、近江牛を探している人をターゲットと考えていては、これ以上の売り上げ増は見込めない。
一方、今後に向けて高い可能性を感じられたのが、贈答用のお肉を探す人たちだった。「牛肉 贈答」や「牛肉 お中元」などのキーワードでサイトを訪問する人の数は圧倒的に少ないものの、他のキーワードよりも購入の見込みが数倍高かったのだ。現時点ではこれらのキーワードでサイトへ誘導できている数は少なく、集客が成功すれば売り上げが拡大する余地は大きい。
贈答用の牛肉に求められることとは
この定量分析結果の理由を把握するため、次に贈答用の牛肉を販売している競合サイトとの定性的な比較を行った。ユーザー目線でサイト分析やテスト購入、試食を繰り返して分かったのは、「贈答に最適な牛肉が市場にない」という事実だった。
近江牛は滋賀県のブランド牛で、京都でもよく食べられている。日本3大和牛の1つと言われることもあり、関西では知名度が高い。ただ関東ではそれほど知られていない。おまけにブランド牛でありながら地元のぜいたく品と認識されていて、贈答ではなく、自宅で食べられることが多い。自宅用と考えるなら、ベネフィットは「おいしい」「安い」である。
かつて、競合が少なかった時には近江牛を販売するネットショップが他になく、競合はリアル店舗だった。通販の利便性が差異化で優位となり、「近江牛が通販で買えます」というメッセージだけで購入理由になった。しかし、競合に近江牛のネットショップが増えた現在、通販で買える利便性はアドバンテージではなくなった。かといって、安全・安心さも自宅用の近江牛を求める人にはアドバンテージとしては不十分だった。
では、贈答用の牛肉を購入したい人はどうか。ベネフィットは、「贈り先に喜んでもらいたい」ということだ。その点では、ブランド牛やおいしい肉を扱っていることは強みになるが、それだけでは足りない。
たくさんの和牛ギフトを比較して気づいたのは、パッケージがいずれもシンプルだったこと。当時のブランド牛は、桐箱か段ボール箱にブランド名や店名を刻印しただけのそっけないものが一般的だった。和菓子などの場合、ギフトパッケージは趣向を凝らしたものが多く、箱を見ただけで、良いものをいただいたと感じてもらいやすい。しかし牛肉は生ものであり、和菓子のようにそのまま箱ごと食卓に置かれることも少ないために、シンプルなパッケージで十分だと考えられていたのだろう。
松阪牛や神戸牛と比べて知名度が劣る近江牛で、ギフトとして受け取った人が喜ぶ信頼感や高級感をパッケージで伝えられないか。そうすれば他のブランド牛以上に満足していただけると考えた。さらに、サカエヤの取り扱う肉は日本でもトップクラスの安全・安心についてお墨付きを得ている。これまで差異化要因になり得なかった安全・安心も、贈答用パッケージとセットでアピールすれば「選ばれる理由」となり得る。
贈答用パッケージを開発
この提案に納得した新保代表は、ネットショップ店長の鷲尾房恵氏と共に見事なパッケージを開発した。ウェブサイトのリニューアルでは、この新パッケージを前面に押し出した。また、サイトの構造設計でも贈答パッケージをオプションとせず、肉と合わせて一つの商品として扱うことで、自宅用と贈答用は全く別の商品とし、訴求力を高めた。
「選ばれる理由」があることに意を強くした新保代表は、サイトリニューアルを機に、従来の霜降り肉から赤身や熟成肉を中心とした販売へと切り替えた。実は新保代表は、経産牛など安値で取引されていた牛肉を熟成させればおいしくなり、結果として廃棄を減らせると考えていた。いわゆる「エシカル」な流通だ。
この考えも当たり、ネットショップの売り上げは大きく伸びると同時に新サイトは信頼感を生むのに大いに役立った。BtoB取引が6割も増えた。新保代表の牛肉熟成の手法も話題となり、最近はテレビ出演や書籍の執筆などで引っ張りだこのようである。
出典: 日経クロストレンド「選ばれるECサイト戦略講座」(2019-08)
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