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CASE STUDY

心斎橋みや竹(傘専門店・大阪)

名入れ納期3週間→5日。フルサイズショートで「持ち歩く理由」をつくる

大阪の傘専門店が、名入れ納期・独自商品開発・紛失防止サービスの3つのイノベーションで「選ばれる理由」を積み重ねた事例。

輸入雑貨店として明治29年(1896年)に大阪・心斎橋で創業したみや竹(合名会社みや竹)。2代目から傘を扱うようになり、4代目の代表である宮武和広氏の時代になり傘専門店となった。平成8年(1996年)にはネットショップも立ち上げ、翌年にはネット通販専業となった。

取り扱っている傘は日本の職人の手によって作られた「匠の傘」だ。皇室御用達のブランドとして知られる前原光榮商店の他、小宮商店やワカオなど、日本人職人の傘として名の通った高級ブランド傘ばかりを取り扱っている。

同社のECサイトは、EC(電子商取引)サイト4モデルのうち「ブランド品/仕入れ」グループに分類される。このグループは取扱商品がブランド品なので、商品そのものには競争力がある。既に商品を認知している消費者からの指名買いが多い。しかし仕入れ品のため、他のショップでも取り扱っており、4モデル式のセオリーとしては何らかのサービスでアドバンテージを作らなければならない。

みや竹の場合、日本の職人傘を求めているのは大半が50代以上の年配者。売れ筋は、一本1万~5万円程度もする高級傘が中心で、一目で良いものだと分かるのが特徴だ。こうした商品を求める消費者は、単なる道具というよりもステイタス感を求めている。

年配者は百貨店で購入することが多い。さらに、最近はブランド自身がネットショップを開設し直販に取り組んでいる。競合が少なかったネット通販の黎明(れいめい)期なら、商品の魅力だけでみや竹が選ばれただろう。しかし在庫の豊富なブランドによる直販サイトや、実際に見て触れられる百貨店と比較される現在は、競合に対する優位性が必要になる。それがないので、みや竹では「AB3C」が成立せず、「選ばれる理由」は皆無だったのだ。

仕入れて並べるだけではAB3Cが成立しない

名入れ最短5日 ─ 着目したのは「贈り物需要」

AB3Cが成立しないときにはどうすればいいのか。考えるべきは、ターゲットに据える見込み客の分解だ。同じ商品を買う消費者でも、よく調べるとその購入動機やベネフィットは異なる。見込み客がなぜその商品を買うのか、理由をよく分析すれば、自社の強みが生きる動機を持った消費者に絞り込めるようになる。

みや竹は、年配層への贈り物需要が多いことに目を付けた。具体的には「還暦祝い」「退職祝い」「父の日」「母の日」などである。自分用と贈り物用とで大きく異なるのが、名入れ需要だ。贈り物として購入する場合、心を込めたと伝えるために、名入れを依頼することが多い。

ところが傘の名入れは最低2週間、平均すると3週間もの時間がかかる。名入れにはいくつかの方法があるが、一番多いのはハンドル部分へのレーザー刻印である。長さのある傘は、構造上一般的なレーザー刻印機には入らない。そこで一旦ハンドルを外してレーザー刻印機に入れて刻印。終わったら戻す手順が必要になる。結果として小売店からメーカー、職人と渡り歩く必要があり時間がかかってしまうのだ。同じ問題はみや竹だけでなく、「匠の傘」を扱う他の通販サイトや、メーカーの直販サイトも抱えている。

こうしたことから、これまで傘業界は、時間がかかりすぎることが原因で名入れ需要を逃してきた。還暦祝いなどのギフト目的だからといって、3週間も前に発注をする消費者は少ないからだ。短納期で名入れ出来れば、これまで贈り物として名入れ傘の注文を諦めていた消費者の需要を取り込める。

そこでみや竹は、名入れの納期を短縮する方法を考えた。当初は傘からハンドルを外さずに刻印することを検討したが、手彫りなど従来の方法では短縮が難しいと分かった。次に、傘の他の部品への名入れを検討。しかしながら生地に刺しゅうすると雨漏りの危険性があり、他の部品では結局は分解が必要になるので同じだった。

そんな中で生まれた新しいアイデアが、名札を用意してくくり付ける方法だった。この方法なら、別部品にあらかじめ名入れして後に取り付ければよく、分解の必要がないため納期は短い。イニシャルだけのプレートを作り置きしておくことも可能だ。こうしてみや竹は、名入れ納期を最短5日に短縮することに成功した。

名入れ需要のAB3C

みや竹の成功事例を、AB3C分析で整理してみよう。まず重要なのは、自分用と贈り物用ではベネフィットが異なっていたこと。「喜ばせたい」「思いを伝えたい」という心情的な価値を求めているからこそ、商品そのものに加えて「名入れ」サービスに高い価値を感じてもらえた。メーカーのネット直販や百貨店が競合だったとしても、「名入れの納期が短い」という、他にはないアドバンテージをアピールしやすい。つまりAB3Cが成立し、必然的な「選ばれる理由」が生まれたのである。

特急名入れの優位性のAB3C

フルサイズショートアンブレラ ─ 傘の持ちにくさを解消する開発力

みや竹の高級傘

日本洋傘振興協議会によれば、1年間で売れるビニール傘の本数は1億本以上なのだそうだ。持っていないときに雨に降られても、500円程度の値段で買えるのだから、これほど売れるのは当然だろう。結果として最近は、雨が降りそうな日に傘を持たずに出かけてしまう人が多くなったように思う。

傘を持って出かけたくないのは、差さないときに邪魔だからだ。男性なら片手にビジネスバッグを持てば両手がふさがる。「扉を開けるとき」「電車に乗るために改札を通るとき」「エレベーターのボタンを押すとき」「買い物をするとき」――。傘は常に邪魔な存在だ。

邪魔になる理由は、単に片手がふさがるためばかりではない。持ちづらさも問題だ。かばんは通常、手で握って手を伸ばした形で持ち歩く。しかし、傘はそうはいかない。長いので、手を伸ばすと地面についてしまう。そのため、片手で握って腕を曲げて持つか、腕を曲げて引っ掛けることになる。いずれにしても、腕を曲げて持つのが一般的で、疲れるし、同時に他のものを持っていると疲れてしまう。

この持ちにくさは、社会問題を引き起こしている。軸を握って横向きに持ったり、ビジネスバッグの上に横に載せて持ったりする人をよく見かける。後ろの人にとっては、とがった先端が自分に向くので危険だし、階段を上るときはなおさらだ。子供にとっては、顔の高さに先端が突き出される形になり危険度はより大きくなる。

マナーの問題だ、という考え方もあるが、見方を変えると、そもそも傘のデザイン(設計)が社会問題を誘発しているのだ。原因は長さにある。現代の洋傘のルーツは英国にあると言われている。もともと英国では、雨傘より先に婦人用の日傘が普及し、派生形として雨傘が生まれた。当初男性は傘を持つことに抵抗感があったため、男性が持つステッキに形を近づけ、ようやく普及したとされる。つまり、傘の長さのルーツはステッキにある。

当時の英国上流階級の人々は、自分では荷物を持たず、召使に持たせてステッキのみを持って歩いた。両手が空いているのだからステッキは邪魔にならなかった。一方現代の日本では、言うまでもなくビジネスパーソンは自分で荷物を持って通勤している。ステッキ状傘で片手がふさがる長年の不便に誰も不平を唱えず耐えてきたのは、恐らく洋傘は海外から入ってきた文化でその形は常識であり改善するような類いではないと思い込んでいたためだと考えられる。

では、短ければ問題は解決するのか。折り畳み傘などが既に存在するが、親骨(生地を張ってある部分の骨)の長さが55センチ以下の傘を成人男性が持つと、どうしても傘が衣服などに触れてどこかがぬれてしまう。折り畳み傘は取り出しや畳む際の作業が面倒という問題もある。晴雨兼用傘もあるが、このタイプも折り畳み傘と同じく生地面積が小さい。これでは、成人男性にとっては機能が不十分だ。面積を変えずに小さくするために、石突(先端部分)を短くするのはどうか。残念ながら、一般的には長傘の軸と石突は一体化しており、石突を極端に短くすることは難しい。極端に短くするには、軸ごと設計し直す必要がある。小さな傘屋にとってはコストがかかりすぎ現実的ではない。

長年の既成概念を打ち破る新しいアイデアを思いついたのが、みや竹だ。ハンドルを短くすることを考えたのである。傘のハンドルは取り外しが可能な別パーツ。そこに目を付け、企画を傘メーカーの小宮商店へ持ち込んだ。

結果として生まれたのが、生地面積はフルサイズにもかかわらず全長が短い「フルサイズショートアンブレラ」だ。ハンドルがコンパクトになりやや持ちづらくなったものの、片手で手を伸ばしたままかばんと一緒に持てる。雨をよける布部分の面積を狭めずに全体の長さを短くしたことで、濡れないことと持ちやすさを両立できた。

通常の傘の持ち方 フルサイズショートの持ち方(比較) フルサイズショート使用例

みや竹の取り組みを、AB3C分析に当てはめて整理してみよう。仕事などで荷物を持ちながら傘を持ち歩きたいシーンに対して、3Cを成立させた点にポイントがある。「ぬれたくない」という消費者はフルサイズ傘を求めていることと、しかも「持ち歩きやすさ」も大切にしたいというニーズを同時にかなえると考えたところにスタートラインがある。だからこそ、現状唯一無二の傘を世に送り出すことができた。

フルサイズショートアンブレラのAB3C

今回の商品開発のポイントは、社会的な課題を発見し、業界の常識にとらわれず、それを解決しようと試みたことにある。傘メーカーである小宮商店の協力を得たことで、みや竹はブランド品の仕入れ販売する「3C」に加えて、ノンブランド品メーカーとしての3Cも成立することに成功した。みや竹の開発の原動力は、傘の持ちにくさが引き起こす社会問題を解決したいということにあった。社会貢献だからこそ、社外からの協力も得られやすかった。だからこそ1社ではできない価値を作り出し、「選ばれる理由」も成立させられた点は覚えておくべきだろう。

傘ID登録サービス ─ IoTに頼らず紛失の不安を解消

高級な匠の傘が欲しいものの、購入をためらう人も多いようだ。理由は1万円台が中心という高い価格帯にあるのではなく、「なくすのが心配」と考えていることにあるようだ。

JR四国が発表した2016年度の「忘れ物白書」によれば、電車内の忘れ物で一番多いのは傘だ。JR東日本によると、忘れ物が落とし主に返却される割合は全体平均で約3割だが、傘は1割程度にとどまる。駅にある保管スペースを逼迫する原因になっていることから、JR各社は2019年4月1日から傘の保管期間を従来の3カ月から1カ月に短縮した。

傘を失うことを心配するために高級品の購入をためらう顧客が多い状況を踏まえ、みや竹の店主である宮武和広氏は、落とし物を持ち主にスマートに返却できる方法はないかと考えた。単に傘に持ち主の連絡先をそのまま書き込むのは、個人情報保護に厳しいご時世では受け入れられにくい。そこで、みや竹の連絡先を記しておき、拾得主や駅の保管所から連絡してもらうことにした。持ち主に連絡するなど手間がかかる方法だが、匠の傘を長く愛用してもらうための価値ある取り組みだと判断した。

多くのイノベーションの裏には、こうした手間やリスクをいとわない経営者の姿勢が潜んでいる。「課題を解決しよう」「損をしてでもやるべきだ」という価値観で臨んだ取り組みが「選ばれる理由」を生みだす原動力となる。戦略を生むものは価値観なのだ。

連絡先を記載するアイデアを具現化するに当たり、名入れサービスを開発した際に培った方法が生きた。名札を付ける方法をそのまま使って、名札の裏にみや竹の連絡先と、傘専用のIDを刻むことにしたのである。IDを登録しこれを管理する方法や、問い合わせの受付体制など、工夫しなければならないことはあったが、大きなコストをかけずに課題を解決できることが分かった。

傘ID名札の実例

高級品をなくしても戻ってくる可能性が高いと思ってもらえれば、購入意欲は高まる。贈り物用途でも同じだろう。

傘IDサービスのAB3C

ただ、世の中には傘ID登録サービスに似た紛失防止サービスがある。例えば紛失防止サービス「MAMORIO」の場合、失いたくない傘などに電波を発信するIoT(インターネット・オブ・シングス)デバイスを取り付けておき、紛失時にはデバイスが発信する電波をたどって紛失物を探し出す。難点は、紛失したくないもの一つ一つに取り付ける必要があり、紛失物の周囲に電波をキャッチできる装置がなければ見つけにくいことだ。全国どこでも発見できる環境が整っているとは言い難く、実用性は低い。

みや竹の取り組みの利点は、忘れ物を回収した駅員や紛失物預かり所の担当者が傘のチャームに書かれている連絡先に気付いてもらいさえすれば良い点だ。電話で連絡すると、後はみや竹がIDを手掛かりに持ち主に連絡し、預かり所などの場所を伝えるだけだ。みや竹にとっては投資が少なく実用的なサービスを提供でき、一方で利用者や駅員にとっては負荷がかからない。双方にとって導入しやすいサービスなのだ。

3つの取り組みを統合したAB3C

小規模事業者でも、いくつものイノベーションは起こせる

以上、みや竹が手掛けたイノベーションを見てきた。整理すると、1つ目は短納期・低コストの名入れサービス。2週間かかっていた納期を5日に短縮することにより、特に名入れ希望が多い贈り物で「選ばれる理由」を成立させた。2つ目は、持ち歩きしやすいフルサイズのショートアンブレラの開発だ。メーカー以外が商品を開発して「選ばれる理由」を作る例は珍しいが、小宮商店の協力を得て実現した。そして3つ目が、紛失防止のための傘ID登録サービスだ。

小規模な販売店でもいくつものイノベーションを実現できる好例と言えよう。小規模事業者のイノベーションに必要なことは、業界や社会の課題を解決する視点だ。既に明らかになっている課題であれば、解決方法に対する注目度は大きく、自ら一から市場を作る必要はない。ただ課題を解決してほしい人たちに対して、価値を提供するだけでよいのである。

統合AB3C

消費行動が複雑になった結果、従来の集客方法だけで十分な売り上げを得ることは難しくなりつつある。だからと言って、新しい集客方法に力を入れるとコストがかかる。だからこそ、“集める”より”集まる”という視点で課題を発見するところから始めるのが大切なのである。

課題解決型アプローチのAB3C

出典: 日経クロストレンド「選ばれるECサイト戦略講座」(2019-04)

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